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酒見寺

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京都発6:03の快速・姫路行きに乗車し、加古川で加古川線に乗り換え、
8:41に粟生駅に到着。
到着した同じホームの横、先の方に北条鉄道のディーゼルカーが一両で
停車していて6分後に発車します。
9:09に北条駅に到着し、駅で1日フリー切符を820円で購入しました。
粟生~北条間の往復料金と同じです。
駅前の県道をイオンモールの前まで歩き、左折してその先2筋目を右折して
進んだ先に酒見寺があります。
北条駅から歩いて約15分の距離です。

酒見寺(さがみじ、さがみでら)は、山号を泉生山(せんしょうざん)と
称する高野山真言宗の寺院で、新西国三十三箇所29番、
播磨西国三十三箇所16番の札所になっています。

楼門は江戸時代の文政8年(1825)に再建されたもので、
加西市の文化財に指定されています。
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門をくぐると、両側に二十一対の飾り燈籠が建ち並び、
参道が一直線に本堂(根本堂)へと伸びています。
この燈籠は、弘法大師入定千五百年を記念して建てられました。
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門をくぐった左側に手水舎と宝篋印塔(ほうきょういんとう)が建っています。
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手水舎の先に引聲(いんぜい)堂(常行堂)があります。
本尊は阿弥陀如来で、毎年9月10日に本尊を開帳し、
一週間引聲会式が行われます。
この法要は寛弘8年(1011)に慈覚大師により伝えられました。
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引聲堂の先にある観音像
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引聲堂の参道を挟んだ斜め向かいに地蔵堂があり、地蔵菩薩を本尊としています。
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地蔵堂の先に多宝塔があり、寛文2年(1662)に再建されたもので、
国の重要文化財に指定されています。
この「多宝塔」の屋根は上重が桧皮葺き、下重が本瓦葺きで葺き方が異なり、
このような屋根は他に類型がなく非常に珍しいとされています。
堂内に入ることはできませんが、四天柱や来迎壁には
両界諸仏が描かれているそうです。
全面に装飾文様が極彩色で描かれていて、これらの彩色は
享保13年(1728)の頃までかけて描かれたものと考えられています。
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多宝塔の先には、新観音堂があります。
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新観音堂の前に立つ地蔵像。
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酒見寺は寺伝によると、奈良時代の天平17年(745)に行基
酒見明神(住吉神社)の神託を受け、聖武天皇に奏上して開創したと伝わります。
平安時代から毎年勅使の参詣が行われていましたが、
平安時代末期の平治元年(1160)に起こった平治の乱で全山が焼失しました。
その後、二條院の勅により再建されました。
安土・桃山時代の天正年間(1573~92)にも兵火で全山が焼失しました。
江戸時代に入り、姫路城主となった池田輝政が姫路城の守護寺に定めて援助を行い、池田家の転封後は本多忠政の援助を受け、寛永年間(1624~43)に幕府の
命を受けた塔頭寺院の一つである実相院の隆恵(りゅうえ)が再興しました。
3代将軍徳川家光が朱印寺と定め、代々将軍から朱印状を下附されて隆盛するなど、これまで天皇や幕府、藩により厚く保護されてきました。

本堂(根本堂)は元禄2年(1689)に再建されました。
本尊は行基作と伝わる十一面観音像で、持国天と多聞天を脇侍としていますが、
ともに秘仏とされ厨子の中に安置されています。
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堂内には賓頭盧尊者(びんずるそんじゃ)像が安置されています。
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本堂横の石仏
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本堂の裏側に御影堂があり、弘法大師が祀られています。
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御影堂前の石灯籠。
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本堂の右側に鐘楼があります。
寛文4年(1664)に再建され、平成17年6月18日に全解体修理が行われました。
梵鐘には貞治3年(1364)の銘があり、
鐘楼と共に兵庫県の文化財に指定されています。
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鐘楼から右に進んだ所に本坊への門があります。
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門の前には宝篋印塔が建立されています。
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本坊横の庫裏に納経があります。
しかし、呼び鈴を押しても応答がありません。

酒見寺に隣接して住吉神社がありますので、神社を巡ります。
続く

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