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久御山町-その12(常盤神社~称名寺)

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珠城神社から水路沿いの道に出て、珠城運輸横の広い通りを西に進み、
国道1号線を超えて用水路に沿って斜め右に曲がり、
日鉄萬金属の手前で左折します。
突き当たりがT字路になりますので左折し、
クランク状に曲がった所に常盤神社があります。
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鳥居の前、駐車禁止と書かれていますが、おそらく地元以外の人が
立ち寄ることは無いであろうと思えるほど細い道を入込んだ所にあります。
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鳥居をくぐった先でUターンすると正面に舞殿そして本殿が建っています。
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舞殿の手前に石垣が高く積まれ、その上に蔵王権現社の小さな祠が
祀られています。
蔵王権現社では、毎年3月6日に春祭りが営まれ、
高さ15cm余りの円錐形の握り飯に細い藁縄(わらなわ)を巻いた
“鉢巻飯”を権現社に2個、本社と末社及び地蔵堂に1個ずつ供える神事で、
300年余り継承されています。
鉢巻飯は「人間は常に頭に鉢巻を締めている気持ちで、
額に汗して仕事に精を出すことを忘れるな」との教訓を示されたと伝わります。
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常盤神社の創建や変遷の詳細は不明で、江戸時代の寛永13年(1636)から
幕末までの記録しか残されていません。
常盤神社はかって、境内に橋本坊の末寺である真言宗寺院の長福寺と地蔵堂、
蔵王権現社が建立され、神社は祇園精舎の守護神とされる牛頭(ごず)天王
祭神とする神仏混交の神事が行われていました。
明治初年の神仏分離令により、長福寺は廃寺となり、上地によって境内地は1/4に
縮小され、牛頭天王社から野村神社と改められました。
長福寺の本尊であった大日如来坐像、釈迦如来坐像は廃寺後、
放置されていましが、明治22年に修復され称名寺に移安されました。
地蔵堂は、拝所を西向きに変えて神社と分離し、
明治6年(1873)に隣接する称名寺に移築されました。
明治14年3月18日に常盤神社と改称され、素戔嗚尊(すさのをのみこと)と
武甕槌命(たけみかづちのみこと)が祭神とされました。
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神社の建物は、平成5年秋から約1年間かけて修復工事が行われ、
社殿の朱色もまだ鮮やかなように見えます。
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「境内には若宮八幡社(5尺四方)、蔵王権現社(2尺四方)、
地蔵堂(1間四方、瓦葺)、舞殿(3間×1間半)、鳥居があった。」
との資料から本殿横に祀られているのは、若宮八幡社でしょうか?
何も表記がありません。
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拝所の横に建っています。
どなたが祀られているのか不明です。
納札所のようにも思えます。
常盤神社では、毎年10月16日に秋祭りが営まれ、頭芋を台にした竹串に
栗・柚(ゆず)・柿を刺したもの36本を作り供えられます。

神社の鳥居前から少し西に進むと称名寺への入り口があります。
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白い玉石が敷かれた通路の先に山門があります。
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山門
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本堂
称名寺の創建や変遷の詳細は不明ですが、近世初頭に空誉上人によって中興され、
浄土宗に改められました。
現在の本堂は、平成6年から1年余りの期間をかけて解体され、再建されました。
明治6年に移築された地蔵堂は、明治17年(1884)に再建されたのですが、
今回の新築工事により地蔵堂は廃され、
地蔵尊は本堂内に安置されるようになりました。

荒見神社へ向かいます。
続く。


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