住吉大社-その3
「撫でうさぎ」から下ってきた所に、摂社「船玉神社」があり、天鳥船命 (あめのとりふねのみこと)と猿田彦神 (さるたひこのかみ) が祀られています。 天鳥船命は、鳥之石楠船神(とりのいわくすふねのかみ)とも呼ばれ、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊耶那岐命(いざなみのみこと)との間に産まれた神で、鳥の様に空を飛べるとされています。...
View Article仁徳天皇陵
住吉大社の近くで昼食をとり、予定より大幅に遅れて12:15に住吉大社を後にし、堺市役所へ向かいます。 国道26号線を南下し、国道310号線に入って市役所の駐車場へと向かいました。 市役所の21階ロビーは、地上80mの高さにあり、無料で360度のパノラマを楽しむことができます。 南海電車が走る、その先に日本一の前方後円墳が望まれますが、小山にしか見えません。...
View Article葛井寺(ふじいでら)
百舌鳥八幡宮から府道2号線に入り、その先で31号線に入り、「野中」の信号を左折して府道186号線に入ります。 二つ目の信号を左折すると、藤井寺西幼稚園に突き当たり、右折した先に葛井寺があります。 葛井寺は、山号を紫雲山と称する真言宗御室派の寺院で、西国三十三所・第五番、河内西国三十三所・特別客番、神仏霊場巡拝の道・第59番の札所になっています。...
View Article堀越神社
京都発5:43の網干行快速で大阪に行き、大阪で環状線に乗換、天王寺駅に6:46に着きました。 駅から谷町筋を北上した所に堀越神社があります。 堀越神社は、聖徳太子が四天王寺を創建した際、叔父にあたる崇峻天皇(すしゅんてんのう)を祭神として社殿を造営したのが最初と伝わり、四天王寺七宮の一つに数えられています。...
View Article四天王寺-その1
堀越神社から谷町筋に戻り、先に進んで右に入ると四天王寺の西入口があります。 石鳥居は、吉野山・金峯山寺(きんぷせんじ)の銅の鳥居(かねのとりい)と安芸の宮島・朱丹の大鳥居(木製)とともに日本の三鳥居とされ、国の重要文化財に指定されています。 この石鳥居は、永仁2年(1294)に建立当初の木造から建て替えられました。 春分・秋分の両彼岸の中日には、太陽が鳥居の中心から海へ沈むそうです。...
View Article四天王寺-その2
南大門を出て東に進むと唐門がありますが、詳細は不明です。 唐門を入った所に「太子井戸屋形」があります。「太子井戸屋形」の右側に「鯨鐘楼(げいしょうろう)」があります。 北にある北鐘楼に対して南鐘楼とも呼ばれていますが、鐘楼とは思えない建物に見えます。「鯨鐘楼」の右方向に「聖霊院(太子殿)」がありますが、まだ開門されていませんので、その前の参道を北へ進みます。...
View Article四天王寺-その3(極楽浄土の庭)
石神堂前の参道を北へ進んだ所に、本坊の門があり、その横に庭園への受付けがあります。 庭園と中心伽藍、宝物館の拝観料がセットになった割引券がありますが、本日は縁日で中心伽藍は無料開放されています。 庭園も通常は8:30からですが、8:00から開園され、拝観料300円を納め、中に入ります。入った所に五智光院があり、国の重要文化財に指定されています。...
View Article四天王寺-その4
極楽浄土の庭から西方向に進んだ右側に英霊堂があります。 明治39年(1906)に大釣鐘堂として建立され、当時世界一大きい大梵鐘が釣られていました。 鐘は第二次大戦で供出され、その縁により戦没英霊を奉祀する英霊堂と改名され現在に至ります。 毎月21日と8月15日の終戦記念日に、世界の平和を祈り、戦争や災害犠牲者供養の為の法要が行われています。英霊堂の西側に大黒堂があります。...
View Article四天王寺-その5
池を挟んで北鐘堂が見えます。北鐘堂は、正式には黄鐘楼といい、北の引導鐘・鐘つき堂とも呼ばれます。 かって、葬送の時、石鳥居の先にある引導石の前に棺を置き、この鐘が三回撞かれたと云われています。 その鐘は外からは見えませんが、遠く極楽までも響くと云われています。北鐘堂の先に太鼓楼があります。 元は刻を知らせる太鼓を鳴らすお堂でしたが、再建の際に梵鐘が釣られ鐘楼となりました。...
View Article清水寺
四天王寺から谷町筋を少し北上し、「子育地蔵尊」の石標が建っている所を西側に入ると、上町台地の端に突き当たります。 そこから先は、「清水坂」と呼ばれる下り坂になります。 「清水坂」の手前を左に曲がると、通天閣がすぐ近くに望めます。 先に進むと、門は閉じられていて、入り口が分からず一瞬焦りました。...
View Article大江神社~勝鬘院(しょうまんいん)
清水寺から谷町筋に戻り、北上して星光学院を通り過ぎた所を左に曲がった突き当りに大江神社があります。大江神社の横は「愛染坂」と呼ばれる結構急な下りの石段になっています。 この石段は101段あり、健康と長寿を祈って「百歳(ももとせ)の階段」と名付けられています。社頭には「夕陽岡」と刻まれた石碑が置かれています。...
View Article生國魂神社(いくくにたまじんじゃ)
谷町筋を北上し、千日前通の手前を左に入った先に生國魂神社があり、神仏霊場巡拝の道48番(大阪7番)の札所になっています。 旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社に位置付けられています。 社伝では、神武東征の際、神武天皇が摂津国石山碕(現在の大坂城付近)に生島神(いくしまのかみ)・足島神(たるしまのかみ)を鎮祭したのが始まりとされています。...
View Article高津宮(こうづぐう)
生國魂神社から千日前通を越えて北に進んだ所に高津宮があります。 高津宮は、平安時代の貞観8年(866)に清和天皇の勅命により難波高津宮の遺跡が探索され、その地に社殿を築いて仁徳天皇を祀ったのに始まります。 天正11年(1583)、豊臣秀吉が大坂城を築城する際、現在地である比売古曽神社(ひめこそじんじゃ)の境内に遷座しました。...
View Article西宮神社-その1
JRさくら夙川駅から国道2号線に出て、大阪方面に少し戻り、えべっさん筋を南下した右側に西宮神社があります。 東門から続く築地塀は、「大練塀(おおねりへい)」と呼ばれています。 境内を取り囲む築地塀のうち、東面及び南面に全長247mに渡って築かれています。...
View Article西宮神社-その2
祈祷殿を通り過ぎて、左に曲がった先に「御戎之鐘」が保存されています。慶長15年(1610)3月付の銘が有り、豊臣秀頼の寄進より再建された翌年に当たることから、秀頼の奉納によるものと考えられています。 かって、西宮神社にも鐘楼があったそうです。拝殿の前、左右に青銅製の狛犬と馬像が奉納されています。...
View Article湊川神社
JR神戸駅から北へ約5分歩いた所に湊川神社があり、神仏霊場巡拝の道70番(兵庫5番)の札所になっています。 表門の手前、右側にも門があります。 門をくぐり奥の方に、楠木正成公の墓碑があり、贔屓(ひいき)が背負っています。墓所には徳川光圀公の像が建立されています。 元禄4年(1691)、徳川光圀公は水戸藩主を辞して、西山荘に隠棲し翌年「嗚呼忠臣楠子之墓」の石碑を建立しました。...
View Article鶴林寺
鶴林寺へはJR加古川駅から「かこバス」③別府ルート(別府 ・ 海洋文化センター方面)に乗換、約8分乗車して「鶴林寺」バス停で下車、「鶴林寺・南」の信号を北へ少し進んだ所にあります。...
View Article大蓮寺
我が家の墓は金戒光明寺にありますので、墓参を兼ねて周辺を巡りました。 バイクで東山二条まで行き、二条通を西方向に左折して、一筋目を南下した右側に、洛陽三十三所観音霊場・第8番札所の大蓮寺があります。 山号を引接山、院号を極楽院と号す浄土宗の寺院です。山門には、足腰健常の御守「走り坊さん」のポスターが貼られています。...
View Article金戒光明寺-その1
満願寺から岡崎通に戻り、岡崎通を丸太町通を横切って北進した先で突き当りになり、突き当りを右折して東に進んだ先に金戒光明寺の高麗門があります。 高麗門は、安土・桃山時代後期から造られ始めた城門で、江戸時代以降には、城郭に限らず神社仏閣や町の出入り口を仕切る木戸門などとして多く築造されました。...
View Article